顔をあわせるということ。
左京学長のブログにも書いていましたが、
9月はシブヤ大学の文化祭(来週には情報あっぷしますよ!)が
開催され、最近はその打ち合わせやら、つくりものの準備で
結構、忙しい日々を送っており、とくにつくりこみの準備をしている
ときは、なるべく会社にいて、対応できるようにしたいな、と思ってしまいます。
ただ、もちろん場合によりなのですが、人と顔をあわせることで、
話が進んでいくような場面も多々あり、そこも邪険にできない、、、
という難しさがありますね。
しごと課の一周年(9月)や、以降の新しい取り組み(予定)も、
メールでやりとりをしていると、相手の真意がわからなくて、
しかも、自分の悪い癖でもある、メールの文面がキツイこともありw、
15分でも会って話したほうが、価値がある、そんなことを痛感しています。
一周年まで、あと三週間。
今日もこれから人に会って、次の先輩訪問のお願いをします。
一周年、
最近よくよくかいてますが、本当に一年経つんですね。
ホッタ
夏の日に12月の話をする
ブログを書くよりも、すぐにやらなければいけないことが
いくつもあるのですが、平日の午前中はブログ更新だ!!
と、妙な意気込みの下、今日もブログを書いています。
すいません、いろいろお待たせしている方へ。
ブログが書き終わったら、すぐに仕事します。
昨日、会議中に12月の話をしていて、
もうそんな季節か、と思いました。
まだ8月で暑い日が続いていますが、来週になれば9月。
夏が終わると、あっという間に年末に向けて加速していく中で、
今年は、ゆっくりと立ち止まって、この一年を振り返りつつ、
次の一年間、さらに先を見つめてみたいと思います。
まずは自分自身とのコミュニケーションを、そして、
深く関わるステークホルダーとの対話を9月以降、順番に行っていきます。
今日は、これ以上書くことがないので、
早々に仕事に戻ります。
ホッタ
もう一年なのか、まだ一年なのか。
普段は、あまり会社から出ることなく、
真夏なのに、イマイチ日焼けしてないのですが、
なぜだかこの週末は、二日連続BBQという、
アウトドアな生活を送っていました。
最近、9月のシブヤ大学文化祭(9月17日~20日予定)の
準備で余裕がなくなってきていますが、
9月は、しごと課一周年です。
もう一年なのか、まだ一年なのか。
でも、事実として一年経ちます。
自分自身は、まだまだやり切れていないことが
たくさん、と思っているので、もう一年経ってしまったのか、、、
まだ何もできていないのに、という想いがありますが、
もちろん、それだけではありません。
ここの事実と意味づけを、どれだけメンバー内のコミュニケションにより
つくっていけるか、それが問われていると感じています。
9月のヤマを乗り切ったら、しごと課チームでゆっくり話した、
そんな気分です。
ホッタ
街の先輩訪問レポート13(幅 允孝)
先輩/幅 允孝さん(BACH代表)
訪問者/青山 晃久
訪問日/2010年3月19日
訪問内容/面談

1. はじめに
モノを生み出す、モノを提供する場を作る、そしてモノとヒトによる喜びを共有する。そんなことを日常の中で考え、自分でもいずれはそんな空間を創りたいと感じていた中、この街の先輩訪問という企画を見つけました。
もとよりBACHの幅さん(以下、幅さん)には大きな魅力を感じ、「まずは話を聞いてみたい、関わってみたい」と思っていました。
それは幅さんが、あまりにも「愉しそうだったから」に他なりません。他の場所で講演を聴いたりした時も感じたことですが。すぐに応募し、運良くお話することが出来ました。
2. ピボットターン
ブックディレクターとしての幅さんの仕事は、TSUTAYA TOKYO ROPPONGIを始め、国立新美術館のミュージアムショップやCIBONE、シブヤパブリッシングブックセラーズや、最近ではブルックリンパーラーなど、いわば「本のある空間」をプロデュースすること。
とにかく本そのもの、あるいはページを捲るという行為そのものを、もっと広くたくさんの人に愉しんでもらいたい。そんな動機のもと、様々な形態の場所に様々な形式で本を選び、提供していく。
先述した書店やショップのみならず、塾や病院、さらには選定のみならず本の編集に至るまで、多岐に渡る。
青山ブックセンターから、(株)ジェイ・アイに移り、そして独立、現在の多くの仕事。その流れを聞く中で、幅さんはピボットターンという言葉を使われた。
「ピボットターンをするんです。本という軸足を常に置いて、BACHがいろんなところに足を延ばす」
つまり、本という軸、根底さえそこにあれば、あらゆることを試みるということ。それがBACHのやり方であり、BACH流の本の広げ方である。
例えば国立新美術館。これまでのミュージアムショップにありがちな美術を網羅しなければならないという感覚や、特別な本をそろえなければいけないという概念を取り除いて、今のTOKYOで面白い美術、そして美術そのものに興味を抱けるような本を集める。
例えば千里リハビリテーション病院。脳梗塞の患者のための、リハビリテーションとなる本。いわば「効く本」を、短い言葉の本や写真集、阪神タイガースの本など、ジャンルを問わず集める。
例えば駿台予備学校。学生のための、将来や未来を考えさせられる本を集める。
例えばTokyo's Tokyo。少ないブックスペースというものを逆転の発想で生かし、テーマを定めた「この一冊」と思える本を揃える。
例えばJAGDA REPORT。グラフィックデザインという領域に踏み込む。
例えばパークライブラリー。本とカゴと敷物を貸し出すという方式で、「まずは気軽に本に触れてもらう」というコンセプトを、あたたかく具現化する。
どれもが、既存の本屋でもなく、本のための分かりやすいショップでもない。けれどあえてそういうトコロに足を延ばし、本を提供する。
「裾野を広げる」という表現が正しいかは分からないけれど、もの凄く簡略化して言うなれば、そういうことかもしれない。そして広げた本の裾野を、より深化させるということ。
3. 磁場
そのように様々な場所で展開するためには、何が大切なのかを問う。ブックディレクションをするにあたり、何を考え、どのような基準でディレクトするのか。本に詳しいことは前提の上で、何かがあるはず。
基本的には幅さんが一人で中心的な選定を行う。そしてその軸を活かして、本を集める。いかなる本も幅さんを通過した後に扱われ、通過しない本はない。
「その土地土地の磁場というか、人々の感覚というか......そういう磁力みたいなもの」
幅さんにも本の好き嫌いや、オススメなどは勿論ある。けれどただそれを自己満足的に提供を試みて、本の良さをわかってもらおうとしても巧くいかない。
例えば子供。子供たちに急に名作の小説や小難しいお話の本を読ませようとしても、興味すら示さない。それは、それらの本が子供たちの磁場に、未だ入っていないからだ。ならば。マンガから入る。ワンピースから話をして、海賊の話になり、モティーフとも言える小説の話になり、最終的にはマンガから違う本の世界に入る。するとごくごく自然に子供たちは本を手に取り、自ら読み、愉しむ。ワンピースというマンガが子供たちの磁場であり、その磁場にひっかかるところからなら、大いに興味を示す。
例えば地域。大阪の人々が集う場所には、阪神タイガースの本も良いだろう。けれどそれが名古屋で通じるかというと、それは違う。名古屋は名古屋で今度は、中日ドラゴンズを、広島なら広島カープの本を置くべきだ。東京なら今の東京を映し出すような本、あるいは過去の東京に想いを馳せて明日を想うような本。環境を重んじる場所なら、エコスタイルの本、若しくは自然そのものの本。そんな風に。
例えばヒト。体が不自由ならば負担にならない本を。これからを夢見るならば、未来を考えられる本を。デザインを意識するなら、ファッショナブルで文化を感じられる本を。
「本を広めたいとは思うけれど、押し付けても仕方がない。それじゃ広がらないし、意味がない。そこにいる人達が、なんとなく自然に手を伸ばしたくなるように。求めている本を、こちらが持っていく感覚」
磁場を感じ、その場所のための本、そのヒトのための本ということ。

4. 本の力
なぜそこまで、本にこだわるのか。多様なメディアが存在する中での、恐らくは原始的とも言える本。
「本の内容ももちろん、発見がある。でもそれだけではなくて、ページを捲る感覚。印刷インクの独特の香り。本があるというスタイル。そんな形だからこそ、新しいことが生まれる」
本は形がある。ネット上の情報やテレビなどとは異なる形。それら総てが力になる。紙の質感や重み、文字や写真の色や香り、文章やページに込められた想いや感情...。
そのどれが、どのように、誰に強く響き届くかはそれぞれだけれど、あらゆる人たちにその面白さを伝えることが出来るのではないか。
環境の創り方次第で、それらをもっともっと伝え、広げることが出来る「可能性」があるメディアだということ。
「そして、この世の中の本に、善い悪いはない」と言う。勿論、編集が細かくてしっかりしていたり、雑に製本されていたり、装丁に凝っていたり、印刷が汚いモノはある。けれどそれはその本が善いか悪いかではなく、良く作られたかどうかだ。
かの本は、ある人には全く無用の長物かもしれない。けれど、違うある人には実用性豊かな大切な一冊になるかもしれない。かの本は、ある人にはただの印刷物に過ぎないかもしれない。けれどまたある人には、人生を変えるほどの衝撃を与えうる一冊になり得るかもしれない。
だからこそ、選定する側が一方的に善い悪いを定めてはいけない。いかに、その本が読む人にとって意味のある本でありえるか、ということ。
5. 愉しみの連鎖
多くの仕事の流れや感覚を聞いた後に、「どうやって、その情熱を維持しているのか」を問う。
個人で会社を経営していたり、店を展開している人々が一様に言うのが「開くことは簡単だよ、ただ維持するのが難しい。利益もそうだけれど、情熱を維持することが難しい」と。
しかし。
「そんなこと、考えたこともなかったなぁ。情熱というか、愉しくなくなることはないから。本って言っても本当に色々なことをしていて、やりたいことだらけ。選ぶだけでも売るだけでもない、編集もするし周りのものも創る。本に関わる愉しみが尽きることはない」
BACHのピボットターンゆえの言葉とも言える。本を軸に置きつつ、様々な環境に出ることで、新しい何かが次々と出てくる。パッケージングの出来ない仕事をあらゆる方面で行うために、常に頭をフル稼働させる必要がある。
ブックディレクションという括りの中には、同じように見える仕事でも、実は内容も濃さも深さも、方向性も違う愉しみが連なっている。そして一つを終えるとまた一つが始まるように、愉しみの連鎖がある。
だからこそ、幅さんは「愉しそうに」見えていたのかもしれない。
6. おわりに
二時間弱という短い時間でしたが、本当に多くのことを遠慮なく訊かせていただきました。こちらの質問の意図するところや考え方を、とてもうまく噛み砕き解釈した上で、幅さんの感覚で語ってくださいました。
僕自身のやりたいことも、愉しみの連鎖がきっと生まれることであると確信が持てたと共に、現実的なアドバイスも頂きました(あまりに具体的なので割愛しますが)。
今回の訪問を通して最も頭に残るのは、「結局はコミュニケーションだと思う」と幅さんが語ったことです。独立するにしても、仕事をするにしても、愉しく過ごすにしても、結局大切なのはコミュニケーションで、人との繋がりが多くを生み出してくれるということでした。
確かに幅さんの事務所を見渡してみると、それだけで様々な方面との繋がりが感じ取れるようでした。ある意味ではカオスのように、ある意味では清流のように。そこには繋がりが渦巻いているような。
今回を通じて、ごくごく僅かながら僕自身も幅さんとつながれたことが、何よりも嬉しく感じます。
真摯な対応と姿勢、学ぶべきところが多く、短い時間とは思えぬほど良い経験、良い感覚を身につけられたと思います。
ありがとうございました。
逸脱の積み重ね
最近の自分のテーマは、日常生活からの逸脱です。
もちろん、いつもとは違う場所に行く、違う人に会う、違うことをしてみる、
といったような家や会社などの日常生活とは異なる環境に身をおくことは、
わかりやすい逸脱の仕方ですが、
家や会社といった日常生活の中においても、逸脱する、ということも
同時に行っていきたいなと思ってます。
いつもと違うルートで最寄り駅まで行くのもよし、
いつも仕事で関わる人を、いつもと違う視点で見てみるもよし、
少し気になっていた人に会ってみるのもよし。
そんな、ちょっとした逸脱の積み重ねが、日常生活にちょっとした刺激を
与えて、飽きない日常生活を送る一つになるのではないかと思う、今日このごろ。
ホッタ
日常からの逸脱
久しぶりの更新です。
平日はほぼ毎日更新と書いていますが、
実際は、平日の会社に勤めている日はほぼ毎日更新、が正しいかもしれません。
先週の木曜と金曜、そして昨日は、お休みをいただいていたので、
更新滞っていました。。
その5日間は、日常生活から逸脱をテーマに過ごしていました。
こんなことを言うと、「?」という顔をされるのですが、
自分は、渋谷区が活動のほとんどで、東京のほかの地域は、
なかなか行かないんですよね。
そんな中で、先週の木曜と金曜日の二日連続で、新宿に行きました。
新宿って、一年に一回行くかどうか、、の場所なのに、二日連続って。
しかも、二日とも待ち合わせ場所がわからなくて、迷子になって。。
日常生活から逸脱したので、さっそくやらかしてしまいました。
そして、日曜日と月曜日は、さらに日常から離れるように、
名古屋まで行ってきました!!
シブヤ大学の姉妹校である「大ナゴヤ大学」。
こちらの見学やら、交流やら、遊びやら、、、に同じく姉妹校の
ひろしまジン大学学長の平尾さんと一緒に行ってきました。
あまりにも、名古屋で得た学びが大きく、多かったため、
詳しくは自分の体や心に落ちてきたときに、おいおい書いていきたいと思います。
昨日の夜に、なんとか東京に戻ってきて、今日の昼間の暑さで
ようやく日常へ戻ってきましたが、たまには日常を逸脱することで、
普段の自分が見えたり、振り返ることができたりするのかもしれないですね。
その方法はさまざま。
旅行したり、誰かと話したり、一人で街を歩いたり、本を読んだり、、、
でも、ときどき必要な気がしました。
適度に日常を逸脱する、です。
ホッタ
街の先輩訪問レポート12(江口 宏志)
先輩/江口宏志さん
訪問者/ヤマシロ
訪問日/2010年6月29日(木) 10:00~
訪問内容/一日同行
■応募の動機
ユトレヒトの江口さんに会える!という期待から応募しました。
ユトレヒトやzine's mateはもとより、雑誌の書評などでも名前を見かけていて、
どんな方なのだろうと。
先輩訪問のことを知る前から、本の作り手が交流できる場としてのzine'smateにはすごく関心があって、
どういう風に仕事をしているのか見ることができるのはすごくいい機会だと思いました。
■訪問内容
お会いできるとわかってからは、聞きたいこともたくさん会ったのですが、
当日の予定がどうなるかわからなかったので、あまり深く考えず楽しみにしていました。
当日の朝、zine's mate の会場で江口さんに会いました。
すごくラフな方だな、と思いました。そしてもうそのときから、忙しい様子。
その日の4時にはすべての設置を終わらせなければ、ということらしく、会場全体が慌ただしい感じでした。
ついてすぐに、パンフレットの印刷の刷り直しがあり、
会場になっている3331の中にある印刷工場に江口さんが交渉をし、ということをしていました。
その後、ユトレヒトのブース、特集のコーナーの設置やレイアウトを手伝い(手作業の現場主義!)、
4時までは江口さんについて回っていました。
江口さんは会場に来る人、出展する人すべてに声をかけ、言葉を交わしていました。
人が作ったものに対しての関心と愛情がすごく、
「これいいでしょー」
「これ(たまに彼、彼女)いいよねー」とよく言っていました。
あと、あの人はセンスが良い、ということを度々言っていたが、
本当にその言葉はそのまま江口さんに返る言葉だと思いました!
写真家を特集したコーナーがあり、そこに置く本を選んでレイアウトをしているとき、
決断の早さや的確なものを選ぶセンスがやっぱりすごい!
本当にこの場所に必要なものを判断する力に優れているな、と感動しました。



■訪問を終えて
そばで見ている江口さんは判断力と体力と人付き合い、あとセンスの素晴らしい方でした!
すべての人が江口さんに尊敬と信頼を持って接し、江口さんも同じ様にみんなに対して接している感じでした。
その日は、その場を取り仕切るというのが江口さんの一番大事な仕事のようでしたが、
作品やzineについてや、来ている人と話すときが一番嬉しそうでした。
彼の根底にあるものがそう言うことに対しての愛情なんだろうな、と思いました。
その上で、イベントに集まる人の数もとても多く、
準備をする人、出展者、スタッフ、ボランティア、来場者、などなど...
大勢の人が集まる、人が動く、というのは簡単にはいかないことで、
人を動かす力のある人だということも近くにいてとても強く感じました。
今回、本当に貴重な機会を頂いて感謝しています。
江口さん自身のお話が聞けなかったのは少し心残りではありましたが、
一日近くで仕事を見ることができたのは、それ以上の経験だったと思っています。
江口さん、ユトレヒトの皆さん、シブヤ大学の皆さんありがとうございます!
上手は下手の手本、下手は上手の手本なり
最近は、本を読むよりも現場に出ようと思いつつも、
ついつい、本屋で立ち読みしてしまったり、
Amazonを除いてしまう癖がついてます。
こないだ、たまたま立ち読みと言うか、タイトルと
インデックスだけ見て、これは、街の先輩訪問の
もやもやとした部分を少しはっきりとさせる言葉が
あるかもしれないと思い、今読んでいるのが、
「リフレクティブ・マネージャー」。
街の先輩訪問を通じて、先輩にどようなメリットがあるのか?
これは常に頭の中にあることなのですが、その一つになりそうな、
内省支援について書かれています。
まぁ、簡単にいうと、自分の仕事の振り返り、みたいなものでしょうか。
もちろん、今まで引き受けてくれた先輩たちがみんな内省支援を行って
きたかというと、そうではありませんが、具体的に何人からの声として、
同じようなニュアンスの感想はいただいてました。
なるほど。
そして、内省支援について書かれた中で、一つ面白い言葉があったので
紹介します。
世阿弥が「風姿花伝」で説いた、「上手は下手の手本、下手は上手の手本なり」は、 このあたりの機微を言い当てたものだろう。
いい言葉ですね。
先輩訪問だけではなく、これからの自分の生き方においても、
大切な言葉の一つとして、ポケットに入れておきたいと思います。
ホッタ