海を見る


昨日、日本理化学工業の見学に参加してきました。
日本で一番大切にしたい会社」などでも取り上げられ、
障がい者雇用に積極的に取り組み、健常者も障がい者も分け隔てなく、
活き活きと働く姿を見て聞いて、感じてきました。
しごと課がめざすところのヒントもたくさん勉強させていただきました。

そして、その日本理化学工業の会議室の窓には、こんな言葉が。

あと、GWまで3日。

いきなり、話は変わりますが、今日から数えると、あと2日ですね。
この連休期間に、被災地へボランティアなどに行かれる方もいると
聞いていますが、
自分は3月4月に蓄積された心身の疲労を少しでも整える
時間にあてます。

とくに、30日は丸々一日空いているので、
海を見に行こうかと思っています。

それは、もしかしたら、本当の海ではないかもしれませんが、
立教新座中学・高等学校 渡辺校長が「卒業式を中止した
立教新座高校3年生諸君へ。
」というタイトルでおくった
メッセージの中の「今日ひとりで海を見てきたよ。」です。

この日一日は、海に行かせてください。
それを許してくれた家族に、感謝。


堀田


5月になったら


3月は途中から、ちょっとばかり心身ともによろしくない
働き方を続け、ようやく落ち着いてきたものの、まだ
平常時には戻っておらず、なんとか、5月になれば、
5月の下旬になれば、落ち着いてきそうです。

先週、とても信頼している人と久しぶりに会って、食事をしました。
その人は、震災直後から被災地に入り、さまざまな活動して、
先週一旦戻ってきました。
久しぶりの再開。
被災地で活動して、その目で耳で実際の現場を見て聞いてきた人と会うのは初めて。
自分は妙に、あちらの人とこちらの人という隔たりを心の中につくってしまい、
最初、どのように話してよいのかつかめなかったが、話していく中で、
彼が、震災前と変わらない、普段の彼であったので、こちらも隔たりを
なくして話すことが出来るようになりました。

彼は、また今週から被災地に入り、またしばらくは向こうで活動するようです。
向こうでの展望も話してくれて、自分も可能なかぎり手伝っていきたいと、
心から想いました。

そして、自分も仕事が落ち着いたら、数日ですが被災地に行ってみようと
考えています。
最近は、東京方面からのボランティアも増えているようですが、
現地に行って、個人的に満足をしたり、行ってきたことを誇らしげに語ったり、
誰のためになっているのかわからないようなことをしてきたり、
東京に戻ってきたら知ったような顔で被災地のことを語ったり、
というよりかは、まずは被災された方々を自分の目で耳で肌で心で感じて
こようと思います。
そこからでないと、自分ごととして、なかなか動けないような気がして。

しごと課としてなのか、個人的になのか、どういうカタチになるのかは
わかりませんが、カタチにはこだわらず、できることをちゃんと必要な人に
届けていきたい、そう思います。


堀田

最近感じたこと、あったことをみんなで話してみる。


昨日の夜は、しごと課とは関係ないのですが、
久しぶりに原宿表参道キャンパスのプロジェクトである
ハモラジ(=原宿表参道ラジオ)のメンバーで集まる場を
ひらきました。

こちらから話したいことは少しだけあったのですが、
メンバーで集まるのも久しぶりだったのあで、ほとんどの時間を、
「最近感じたこと、あったことをみんなで話してみる。」に
費やしました。
久しぶりだから、話したいこといっぱいあるだろうし、
何よりもこのプロジェクトは、チームをつくるということを
かなり初期段階から念頭においていたので、もうその話いいよ、
っていうぐらいまで話をきらずに場を進めていました。

また、久しぶりだからだけではなく、時間をたくさんとっておく理由として、
この時期、最近感じたこと、あったことを話すと、
どうしても3月11日の地震にまつわる話が多くでてくることがあり、
一時期は、またかぁ・・・とも思っていましたが、最近はそれも
いたしかたないこととして、自然と話してしまうことは聞き入れるように
しています。
そうして、地震にまつわる自分のストーリーを人に話すことで、
少なからずともその人の心が落ち着くのであれば、しばらくは
いたしかたない、そういうことです。
いつか時間が経てば、自然と少なくなっていくでしょうし。

また、地震とはまったく関係ないことでも、人々の生活は日々
進んでいるので、そんなまったく関係ない話も聞いてみたりしました。
それらの話もとても面白く、地震とは関係ないところでも、
人は活き活きと生活していることを、あらためて感じさせられました。


しばらくの間は、こうしてさまざまなコミュニティにおいて、
最近感じたこと、あったことをみんなで話してみる時間というのが、
今まで以上に重要になるかもしれないですね。


ではでは。
堀田

今週の日記。奈良からの客人、自分の居場所をつくること。


なかなか落ち着かないですね。
先週は月曜から水曜まで毎日ブログを更新して、このまま
毎日更新を習慣づけようとした最中に、また体調崩してしまい、
数日ほど、お休みいただいておりました。
何とか今週復活して、無事に通常どおり働くことができました。

今週は、そんな中でもとても重要かつキーポイントになりそうな
人と時間を過ごすことが出来ました。

奈良からの客人。奈良ツーリズムでも2年連続でお世話になった
藤丸くんです。
仕事で東京にきていて、一緒に昼ごはんを食べながら話をしたのですが、
とても楽しかった。
自分の考え、原理原則にある種の揺るがないものを持ちながら、
それでも人の話を聞こうとする姿勢に、素晴らしいといつも思っています。
これで人の話を聞いていなかったら、自分も一緒にあまり楽しい時間を
過ごせないのですが、人の話はちゃんと聞いています。

たわいもない話から、最近のニュースや自分が最近少しずつ進めている
取り組みについての話まで、たくさんの話ができました。
藤丸くんは自分で会社を立ち上げて、自分の居場所をつくっていますが、
私もそろそろ自分の居場所をつくるころですね。

いつか、藤丸くんとがっつり仕事がしてみたいです。
そうなれるように日々精進して、力をつけていきます。


堀田

役割


4月になり、新入社員とおぼしき人が街の中に増えてきました。
朝の電車の中にも、昼のカフェやレストラン、人が行きかう街中、
さすがに帰りの電車にはまだ自分と同じ時間にはいませんが、
春の訪れを感じさせる風景です。

私が勤める会社には、新入社員ではないですが、
アルバイトの大学生が数名入り、ちょっとした新入社員を迎え入れるような
新しい気持ち、気分になっています。

いいですね、経験年数や年齢が下の人がある組織に入ると、
今まで一番下だった人が、教える立場に変わったり、
自分の仕事や働き方を他人に見られることで、
今までの仕事や働き方を振り返る内省の機会になります。

アルバイトの人たちは、基本的には社員の誰かのアシスタント的に
毎日違った仕事の手伝いをしているのですが、朝一番は何もすることが
なくて、とても居心地悪そうにしていることが多いです。
もちろん、前の日からの続きの業務がある場合もありますが、
基本的にはその日に何かの指示があり、役割が与えられることで、
彼らも与えられた自分の役割に集中し、仕事をしている人たちの中でも、
一緒にやっていけるのだと感じました。

役割、役割。
仕事においては必要ですね。
役割のない仕事は仕事と呼ぶのでしょうか。


堀田

やっぱり人。


先週から、人に会う時間を少しずつとれるようになり、
今日は久しぶりに初めて話をする人との楽しい時間を過ごせました。

こういう時間が久しぶりだったせいか、
いつも以上にたくさん話してしまいましたw

あらためて自分が話していることを反芻していると、
自分は人ありき、この人だから仕事をしたい、
この人だから旅行してでも会いに行きたい、
この人だから仕事を見てみたい、
そう思っているのです。


少しずつ本業の仕事も落ち着いてきたし、
外に出るのも気持ちのいい季節になってきたので、
とにかく人に会いに行く時間を今まで以上に
増やしていくぞ!

そして、今年は鹿児島に行くぞ!!


堀田

忘れていいことと、 忘れたらあかんことと、それから忘れなあかんこと。


月もかわり4月となりましたが、まだ春の陽気ともいえず、
肌寒い風が頬を揺らす今日この頃。

昨日は新しくできたばかりの商業施設に家族で買い物に行きました。
施設内外はたくさんの人でにぎわっており、
東京は月も変われば人の気持ちも変わるかのように、
だいぶ日常に戻ったかのように感じました。

また、大きな川の土手では、花見ではないようですが、
お弁当広げて、ピクニックのようにご飯を食べる家族や
学生の友人グループがいました。

そして、東京の街を歩けば、どこかで必ず、募金の呼びかけを
行っています。もちろん、とても大切なことなのですが、
そんなに同時期にいろいろな人が行い、いつしか消えてなくなりそうな
イメージも、ちょっとだけわきます。

一方で、地震を機に気持ちが変わったという声を実際に聞くことがあります。
その人にとっては実際変化があったのでしょうが、
自分はそこまで変わっていません。
いや、正確にいうとまだ正確に変化があるかつかめていません。
変化があるのかないかのか、わかりません。
無理して変化しました、という気もないですし。

こうして、地震後から変わるものや変わらないものが少しずつ見えてきた中で、
ふと思い出したのは、とある大学の祝辞です。

大阪大学 鷲田総長の祝辞には、

「価値の遠近法」とは、どんな状況にあっても、次の四つ、つまり絶対なくしてはならないもの、見失ってはならぬものと、あってもいいけどなくてもいいものと、端的になくていいものと、絶対にあってはならないものとを見分けられる眼力のことです。映画監督の河瀬直美さんの言葉を借りていいかえると、「忘れていいことと、
忘れたらあかんことと、それから忘れなあかんこと」とをきちんと仕分けることのできる判断力のことです。こういう力を人はこれまで「教養」と呼んできました。

とありました。

そう、人の気持ちに否応なしに変化を与えるようなことに対して、流されもせず、斜に構えることもなく、素直に正確にとらえることが必要なんだろう。

そう思います。

堀田

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